第12章 産業・組織心理学
12-1. 産業・組織心理学の歴史
12-1-1. 産業心理学の誕生
心の一般法則を追求することより人の個人差に関心を持ち、どちらかといえば機能主義的な考えの持ち主だった 機能主義の先鋒であったジェームズ(William James: 1842-1910)に招かれハーバード大学に渡ると実験心理学的な手法を産業場面に応用することをいち早く試みた。 1912年『心理学と経済生活』、1913年『心理学と産業能率』
12-1-2. 科学的管理法と能率心理学
ミュンスターベルクが著書を出版していた頃、アメリカの産業界は作業能率の工場に強い関心を抱いていた。
テイラー(Frederick Taylor: 1856-1915) フィラデルフィアの製鋼会社でエンジニアとして働いていた
作業現場で生じている問題は経験や勘ではなく科学的に管理すべきだと主張
過当競争による人件費の抑制で職務怠慢が常態化した状況に対して、テイラーは1日の標準的な作業量を設定し、それを超える作業を行った労働者には賃金を割増することで増産と労働者の動機づけの向上を同時に図ろうとした
作業量の産出は熟練作業者の作業量を調査のほか、作業遂行に最適な手順や環境を客観的に観察・測定することを目指した。
ストップウォッチで計測したり実験的に検討
この当時の産業心理学の代表的なテーマ
12-2. 産業・組織心理学とは何か
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12-2-1. ホーソン効果
テイラー・システムが普及すると人間性を無視した経営論理がまかり通るようになり、経営者と労働者の対立が深まった
人間を部品のように考える人間観
部品の特性を見極め、うまくデザインすれば作業能率が高まる
人は生まれつき怠け者である
1924年にアメリカのある通信機メーカーが科学的管理法を導入するために、自社のホーソン工場で大規模な実験を行った(Mayo, 1933)
照明の明るさの比較実験が行われたが、いずれの場合も一貫して生産性は向上した
産業心理学者のメイヨー(Elton Mayo: 1880-1949)らを中心に8年にわたる研究が行われた。 実験の対象に選ばれたことで、期待されているという意識が芽生え一人一人が努力するようになった
生産性工場という目標達成のために、仲間との連帯感が高まり、人間関係が円滑になった
作業能率の向上は物理的な作業環境よりも期待に基づく心理的変化に左右される可能性が示された
ホーソン工場での実験を期に科学的管理法は下火になり、より人間の心理的側面や関係性を重視する方向へ
12-2-2. レヴィンの功績
社会心理学者のレヴィン(Kurt Lewin: 1890-1947)はホーソン効果の報告以前から、科学管理法の効用と限界に関する論文を執筆しており、独自の現場研究も行っていた レヴィンらのリーダーシップの研究(Lewin, et al., 1939) 子どもたちを「専制君主型」「民主型」「放任型」のリーダーシップ・スタイルのグループに分けた
民主型: 集団の雰囲気も良く、作業効率も良い
専制君主型: 作業効率は良いものの、子どもたちの意欲は乏しく、仲間内で攻撃的な行動やいじめなどもみられる
放任型: 作業が捗らず、意欲も低い
レヴィン「Nothing is so practical as a good theory.(よい理論ほど実用的なものはない)」
理論と実践の融合を重視
アクション・リサーチ: 研究者と実務家が協働して、現場で生じている問題解決を目指すと共に、それを通じて理論を構築することを目指す研究法 12-2-3. 日本における産業・組織心理学
テイラーの科学的管理法は日本でも1910年代半ばには実践的な研究が行われている
上野陽一(1883-1957)は小林商店(現在のライオン株式会社)の歯磨き工場で調査を行い、その成果をもとにした作業能率の工場に成功 上野は1922年に設置された産業能率研究所の所長も務めている
1921年には倉敷労働科学研究所が誕生
彼らの研究は自らが「労働科学」と称するもので医学、心理学を基軸とした科学的研究ではあったが同時にヒューマニズム的な思想に支えられたもの
労働者の視点に立った研究こそが必要だとした
日本でも科学的管理法に対する批判が起きていた
研究所は大原記念労働科学研究所として現在も活動を続けている
12-2-4. 産業・組織心理学の4つの研究部門
日本の産業・組織心理学会の部門をもとに分類(山口ら, 2006)
組織行動
「組織に所属する人々の行動の特性やその背後にある審理、あるいは人々が組織を形成し、組織としてまとまって行動するときの特性についての研究」
代表的なものにPM理論(三隅, 1966, 1984) 人的資源管理
「組織経営の鍵を握る人事評価や人事処遇、あるいは人材育成についての研究」
心理検査が個々人の潜在能力や職業適性を把握するために利用されるようになったのは比較的最近のこと
きっかけは第一次世界大戦で迅速適正な配置のために集団式の知能検査が開発された
安全衛生
「働く人々の安全と心身両面の健全を保全し、促進するための方略について研究」
能率心理学の研究もここに含まれるが、近年では能率の工場よりも快適な職場環境の実現や安全性の確保、職場ストレスの問題などに関心が移行している 消費者行動
「よりすぐれたマーケティング戦略に活かすべく消費者心理や宣伝・広告の効果の研究」
効果的な説得手法の研究
12-3. 組織行動の研究
12-3-1. 組織とは何か
達成すべき目標が明確に存在し、それを組織の成員が共有している
分業体制を敷いている
水平方向の分業: 職能に基づく分業であり、必要業務を分けることで効率のよい目標達成を目指している
垂直方向の分業: 序列や地位に基づく分業が存在することで、指示・命令系統が機能する
組織においては分業を再統合する力必要
分業は不可欠だが、葛藤やまとまりを妨げることもある
12-3-2. 組織内の葛藤
上位の目標は共通でも個別の問題においては利害対立が生じることがある
組織内の葛藤は避けられるべきという考えもあるが、時として組織改革の契機となる
12-3-3. 組織コミュニケーション
コミュニケーションが誤解なく成立するには、双方が記号の持つ意味を共有していなくてはならない(山口, 2006)
意味の共有化は相互作用の積み重ねによって促進するため、相互作用が少ない関係ではコミュニケーションに誤解が生じやすい
反対に相互作用の機械が増えれば、記号の意味が洗練されるため、わずかな記号だけで誤解のない豊かなコミュニケーションが可能になる
業界用語、略語、暗号
ジャニス(Irving Janis: 1919-1990)は歴史上失敗だったと言える政治政策が決定された過程を丹念に分析した 凝集性が高く外部の意見に対して閉鎖的な集団においては強力なリーダーが意見を示すと、他の集団成員が他の選択肢を考えなくなる 集団全体の結束が乱れることを恐れて意見表明が控えられるため、意見が一致しているかのような錯角に陥る
結果として討議に必要な情報が十分に収集されず、議論も尽くされないままに質の悪い決定がなされてしまう
リスキーシフト(Stoner, 1961): 集団による意思決定は、個人が行う意思決定よりも危険で冒険的なものになりやすい ワラックらの研究(Walllach et al., 1962) 個人で判断させた後、6人で討議をさせ、全員一致のルールの下で結論を出させると、集団の決定は討議前の個人の決定を集約したものよりもリスクが高くなる傾向がみられた
実験参加者に数週間後に再び個人で同じ判断をさせると、その判断は集団討議前のものよりも高いリスクを追求するものだった
集団討議による意思決定が個人の決定にも影響を及ぼしていること、その影響は数週間にもわたって持続していることを示している
リスキーシフトと真逆のこの現象も指摘された
結局のところ、討議の結論が危険な方向に向かうか、安全な方向に向かうかは集団構成員の討議前の意見分布に依存しているようであり、集団討議を行うともともと優勢だった意見がより極端なものになる(Moscovici & Zavalloni, 1969)